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2006年シーズン閉幕 F1を去る「最速の赤い皇帝」

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↑レース終了後、優勝したF.マッサ(フェラーリ)を祝福するM.シューマッハ。すばらしい笑顔。僚友の勝利を心から祝っているのが伝わってくる。

2006年10月22日、優勝:F.マッサ(フェラーリ)、2位:F.アロンソ(ルノー)、3位:J.バトン(Honda)、4位:M.シューマッハー(フェラーリ)、5位:K.ライコネン(マクラーレン)、6位:J.フィジケラ(ルノー)という結果で、2006年度F1世界選手権最終戦(第18戦)ブラジルGPは幕を閉じた。ドライバーズチャンピオンには2位のM.シューマッハに13ポイント差をつけてF.アロンソ(ルノー)が輝き、コンストラクターズチャンピオンには2位のフェラーリにわずか5ポイント差でF.アロンソを擁するルノーが輝いた。
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↑レース前、健闘を誓い合ったF.アロンソとM.シューマッハー。M.シューマッハーが「どんな手を使っても」タイトルを取りに来る、と考えた人々がいたようだが・・・。

予選Q2でインテルラゴス・サーキットのコースレコードを塗り替えるほどの速さを見せたM.シューマッハーは、マシンの燃圧トラブルでQ3を走ることができず、決勝レースは10番グリッドからスタートすることになった。決勝スタート後、彼は順調に順位を上げ、9週目に6番手スタートのJ.フィジケラ(ルノー)をオーバーテイクした。しかし、その際左リヤタイヤがパンクし、最後尾(F.マッサとはかろうじて同じ画面には入らずに済んだ)まで順位を落としてしまった。ところが、M.シューマッハーはそこから猛烈な追い上げを見せたのである。それ自体は今シーズン何度か見られた光景であるが、ブラジルGPは彼の引退レースだった。37周目に8番手に浮上、ポイント圏内に入ると、40周目にR.クビサ(BMW)をいとも簡単にオーバーテイク。さらにかつての同僚、R.バリチェロ(Honda)をオーバーテイクし6位に上がる。M.シューマッハはオーバーテイクの度に何度か右手を上げ、抜かれていくドライバーに合図を送っていた。そして、62周目にJ.フィジケラ(ルノー)を再びオーバーテイク。68周目には自分のシートを譲る後継者のライコネンを3周にわたるバトルの末にオーバーテイクし、ついに4番手まで上がった。そしてそのまま現役最後のチェッカーフラッグを受けたのである。その走りのすさまじさは1分12秒162というファステストにも現れている。
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↑決勝9週目、J.フィジケラ(ルノー)をオーバーテイクするM.シューマッハー(フェラーリ)。この際、左リヤタイヤがJ.フィジケラ(ルノー)のマシンに接触しパンクする。このパンクは「たまたま」起こってしまった接触によるもので、オーバーテイク時の2台は非常にクリーンなバトルを演じていたことは言うまでもない。

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↑現役を引退する「赤い皇帝」M.シューマッハと王位継承者F.アロンソ。

一人の偉大なドライバーが2006年シーズン閉幕と共にF1から去る。引退を表明してからの3戦、彼は間違いなく「最強最速」のドライバーだった。なぜ「最強最速」なのに引退するのか。非常に残念でならないが、彼自身は「最強最速」のうちにF1を去りたかったのかもしれない。彼が打ち立てた数々の大記録は、今後当分の間、破られることはないだろう。そしてこの2006年シーズン、彼は「王者」の走りを残されるF1ドライバー達とF1ファンに見せてきた。FIAの謀略があったにしろなかったにしろ、彼のレース中の走りは正に堂々としたものだった。

「赤い皇帝」M.シューマッハー。偉大な男の時代が静かに幕を下ろす。



以下は2006年10月24日に「F1-Live.com」に掲載された「王者はアロンソ、各紙一面はシューマッハ(海外メディアはシューマッハを絶賛)」という記事全文。

フェルナンド・アロンソは王者かもしれない。しかし、世界中のメディアは今季最終戦のブラジルGPでF1界から退いたミハエル・シューマッハに賛辞を送った。

スペインのテレビ局『Telecinco(テレシンコ)』では、「この日のレースを見たならば、シューマッハがこれ以上F1でやることがないなんて、到底、信じられないだろう。本当に彼の時代は終わったのだろうか? そして、彼は引退する必要があるのだろうか?」と報道。

イタリアの『La Gazzetta dello Sport(ガゼッタ・デロ・スポルト)』紙も、「アロンソはワールドチャンピオンになったが、シューミー(シューマッハの愛称)は伝説だ。彼は王者のようにF1を去っていく」と伝え、次のように続けている。

「彼の喜びようは少年のようだというのに、なぜシューマッハは隠居生活を送る必要があるのか?インテルラゴスでのレースを見れば言葉はいらないはずだ。名手が最後の教訓を与え、去っていった」

一方、イタリアの日刊紙『La Repubblica(レパブリカ)』は、「フェラーリは、シューマッハが監督としてチームに残ることを期待している」と書き立て、対するスペインの『Sport(スポルト)』紙は、25歳のアロンソがシューマッハの“立派な後継者だ”と主張。さらに、スペインの日刊紙『Marca(マルカ)』には、「アロンソはF1史上、最も成功を収めたドライバーの後継者として記憶されるだろう」という記事が掲載された。

また、スペインの『El Mundo Deportivo(エル・ムンド・デポルティボ)』紙は、「インテルラゴスでアロンソの時代が確実なものとなった」と伝えた。

しかし、同じスペインでも、バルセロナの地元紙『Sport(スポルト)』は、「次のシューマッハを探すのは困難を極めるだろう」との見解を示している。

by minamitsubame | 2006-10-23 18:24 | Others