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氷姫

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写真はMelody63さんのブログ、「春を探しに」から拝借しました。

(痛みを感じるような寒さとダイヤモンドダストが舞う吹雪の中、氷姫は全てを凍りつかせるような妖しく圧倒的な魔力を発散させながら一本の小枝のように立っていた。銀色に光り輝く氷姫の長い髪が吹雪に弄ばれ、その素顔を覆い隠している。しかし、その奥に見える美しい素顔には表情がなく、私を見据える青い瞳には凍てつく氷の炎がちらついている。ついに私は氷姫の素顔を見てしまったのだ!)

氷姫「わたしは氷姫。わたしの姿だけを遠目に見て、それで満足しておれば良かったものを」
氷姫「しかし!お前はわたしの素顔を見てしまった!見てしまったのだよ」
氷姫「わたしの素顔を見た者の運命は、お前も知らぬはずはないだろう」
氷姫「そら、お前の足元が凍り始めたよ。お前はもうわたしから逃れることはできないよ」

氷姫さま、ご無礼をお許し下さい。
でも、敢えて申し上げるなら、あなたの美しさをこの目に焼き付けておきたかっただけなのです。
私のような小者に、あなたと共に生きるだけの力はありません。

氷姫「お前は気付いておらぬのか?わたしの素顔を見に来ることがどのような行為なのかに」
氷姫「わたしの存在を知り、その素顔まで見ようと試みる者の運命。それは・・・」
氷姫「わたしと共に生きるか、永久に溶けることのない氷の中に閉じ込められるか」
氷姫「その二つに一つしかないと、よもや知らなかったとは言うまい!」

しかし、氷姫さま。
私のような小者に、あなたと共に生きる資格などあるとは思えません。
どうかこのまま私が元の世界に戻ることをお許し下さい。

氷姫「そのまま戻りたいと申すか。ではなぜお前はわたしの素顔を確かめようとしたのか」
氷姫「わたしの素顔を見て生きて戻った者がおらぬことなど、お前も知っていただろう」
氷姫「さあ、お前の腰まで凍ったよ。どちらを選ぶか決めるのだ!」

しかし、氷姫さま!
私は氷漬けにはなりたくありません。
でも、あなたと共に生きて行くこともできそうにありません。
・・・私には無理です!

氷姫「お前はわたしの素顔を見たのだよ?それでも自分の気持ちに正直になれないというのかい?」
氷姫「であれば仕方あるまい。わたしの素顔がせめてもの手向けとなろう」
氷姫「わたしの幻影を胸に抱いたまま、永遠に動けぬ氷の柱としてそこに立ち続けるが良い」

(どれほどの時間が経ったのだろう。その間も氷姫の青い瞳は私を射貫き続け、私の自由を奪う氷は私の胸を越え喉に届こうとしていた。胸の動きが氷に押さえ付けられ、急速にひどくなる呼吸苦に意識さえ朦朧となりながら、私は氷姫の素顔を見続けた。視界に映る氷姫の美しくも激しい素顔が涙で滲んで見える。それでも私は懸命に空気を吸い、意思を伝える為に息を吐き、声を作った。)

・・・分かりました、氷姫さま。
私はあなたに憧れてここに来たのです。
覚悟を決めます。私をあなたの世界にお連れ下さい!

氷姫「・・・いいでしょう」
氷姫「では、わたしと共に永遠の氷河の国へ参ろう」

(それまで氷姫の瞳に映っていた凍てつく氷の炎はなりを潜め、代わりに慈愛が瞳を満たしていた。それまで無表情だった氷姫が、微笑みを浮かべている。その美しさは先ほどまでの比ではなく、ダヴィンチの微笑をたたえたその横顔は、神の慈しみそのものに見える。氷姫を受け入れた者にしか見ることを許されぬ微笑なのだろう。私は優しく差し出された手にそっと触れてみた。凍りつくように冷たい手の表面から、ほのかな温かさと圧倒的な力を感じずにはいられない。私の動きを封じる喉まで届いていた氷は跡形もなく消え失せ、私は再び自由になった。私は氷姫の手を取り、共に歩み始める。その先に何があるのか、それは氷姫の世界に行けば分かることだろう。)
by minamitsubame | 2009-04-12 12:33 | Fiction