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F40とランデブー

c0004915_1435997.jpgFSWに行って来ました。今日は午前中にS-4が2枠とNS-4が1枠あっただけでしたが、天気も良くなったし、これを逃すと9月中には走れない可能性が高かったので、いずれか1枠だけ走るつもりで行って来ました。
幸いなことに天気は曇り。比較的涼しかったです。平日の午前中しか枠がないだけあって、参加台数も少なかったです。時間的にS-4を2枠走ることもできましたが、ヴィッツやマーチのレース車両のいないNS-4を1枠だけ走ることにしました。今日は独りなのとサーキットにいる時間も短いのでピットは借りず、いつも他のポルシェ達が利用しているタイヤメーカーのガレージ前を使わせてもらいました。トイレやゴミ箱、灰皿が比較的近くにあり、かつ雨をしのげるので場所的にはgoodです。

さて、今回はアライメントを変更して2回目、ガーニーフラップを追加して初めての走行でした。アライメント変更による挙動の変化、ガーニーフラップの恩恵、1コーナーとヘアピンを3速で回るとどうなるか、を確認したいと思っていました。

ガーニーフラップの恩恵はコカコーラ、100R、ヘアピン立ち上がり、最終コーナー立ち上がりで体感することができました。アライメント変更によってフロントは入りやすくなりましたが同時にオーバー気味になっていました。100Rやヘアピン立ち上がりでカウンターを要するほどリヤが滑りましたが、前回よりもスライドの仕方がマイルドで分かりやすくなりました。旋回中のリヤの安定感も間違いなくアップしています。

3周ほど走ってタイヤの空気圧を調整した後、タイムアタックをしました。まずは1コーナーとヘアピンを3速で回ってみました。結果は2'03"07。回転数が低いのでトラクションの立ち上がりが遅いですが、挙動は安定しています。しかし、3.4ファイナルでは回転数が低くなりすぎるようで、立ち上がりが非常にかったるいです。4.0ファイナルだとちょうど良いのかもしれませんが、3.4ファイナルの僕の車ではじれったく感じられました。そこで、いつも通り2速で回ってみると2'02"12。あっさりベストを更新しました。やはり2速で回った方が加速は良いです。ただ、ラフにアクセルを入れるとリヤが流れそうになります。この時点で後方100mほどにF40が迫っていましたが、意外に差が詰まらないのでもう1周アタックを敢行。2'01"77。さらにベストを更新し、おまけに2秒の壁を破ることに成功しました。3.4ファイナルでは1コーナーとヘアピンは2速の方が良いようです。ちなみにストレートエンドでの最高速は図ったかのように3周とも256km/h。ガーニーフラップ取付前後で最高速の落ち込みは全くありませんでした。

結果的には・・・
1.アライメントは現在のままで自分に合っていると思われました。この状態のまま走りこんで具体的に不満が出てきたらその時点で変更を考えることにします。
2.1コーナーとヘアピンは3.4ファイナルのままであれば2速で回るのがタイム的にも体感的にも良いと思われました。ヘアピンの立ち上がり方は前回とちょっと変えています。それがタイムアップに繋がったのだろうと思っています。
3.ガーニーフラップは費用対効果の優れたパーツだと実感できました。ウイング自体を寝かすことができれば最高速はさらに伸びるのでしょうが、高速コーナーの安定感が失われるのは避けたいです。いずれ試してみようと思っています。

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今日同じ枠で走った車はわずか5台。シビックが100Rでイン側のガードレールに刺さってましたが、非常に走りやすいコンディションでした(ラッキー!)。そして、サーキットを走っているF40を初めて目の当たりにすることにもなりました。実は、ベストを更新した2周、100mほど後方にF40がいたのです。明らかにストレートはF40の方が速かったのですが、ストレートエンドのブレーキングとインフィールドはGT3の方が上だと思い、道は譲りませんでした(ストレートではわざとアクセル緩めてくれていたようです)。さすがに2秒の壁を破った次の周はF40を先行させました。100Rで譲ったのですが、正直楽勝でついていけると思ってました。ところが、全くついていけない(笑)。ストレートはもちろん、インフィールドも、です。ブレーキングは僕の方が奥でしたが、どんどん離されてしまいました。

自分の車をかわし、グングン加速していく赤い跳馬。排気音は良く分かりませんでしたが、F40のテールを見ながら走った1周は、本当に良い経験でした。
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by minamitsubame | 2006-09-22 14:13 | Porsche

気分はFerrarista!?

c0004915_2345236.jpgScuderia Ferrari Team wear
2006パイルジャケット 02_09_J5B037-red

一般には市販されることのないチームスタッフ用。この手の商品は非常に高価なことが多いが、モノはやはり良い。2006年モデルであり、記念にもなるだろう。コレクターの方々には申し訳ないが、貴重な品と分かっていて僕は使う。これを着てGT3に乗るのは、やめておいた方が良いだろうか・・・?
イタリア自動車雑貨店 Atmosfera d'Italia
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by minamitsubame | 2006-09-19 23:13 | Others

4点式ハーネス アップデート作戦

僕のGT3はストリートです。納車時に無理言ってクラブスポーツ仕様にしてあります。とは言っても完全なクラブスポーツ仕様ではなくて、いくつか装備がもれています。

・純正ロールゲージ(結構タイトに組んであって、新車時からクラブスポーツである車両のように軋むことはありません)
・シングルマスフライホイール
・キルスイッチ(配線不良のために使用しないとバッテリーが上がるので、近々撤去してもらう予定です)
・消化器(車には積んでいませんけど・・・)

追加されているクラブスポーツ装備は上記4点だけです。十分ですね(笑)。ちなみに、欠けている装備は以下の2点だけ(だったと思います)です。

・純正難燃性ファブリックバケットシート
・シュロス製6点式ハーネス

GT3を購入する前、わずか3週間でしたがE46M3に乗りました。E46M3でサーキットを走るために揃えていた装備をいくつかGT3に流用しています。

・RECARO SP-GⅢ(運転席。助手席は中古のSP-G)
・TAKATA4点ハーネス MPH-340R
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4点ハーネスを使うのは初めてではありません。NSXに乗っていた頃は、限定版のWILLANSを使っていました。色がシルバーのものです。その頃からTAKATAのハーネスをいつか使ってみたいと思っていたので、E46M3への乗換えを期に買い換えたのでした。

使い勝手は悪くないです。しかし、TAKATAに限った話ではなく、「4点」の欠点が気になりだしました。それは、「きつく締めるとベルトが持ち上がってくる」ことです。別に目立った不都合はありませんが、なんとなく違和感があります。

解決策としては、5点式もしくは6点式へのアップグレードですが・・・。

c0004915_221686.jpg5点式にするならフロアにアイボルト用の穴開け加工が必要そうですし、6点式にするにしてもアイボルト用の穴開けが2箇所必要になってしまいます。シュロス製6点ハーネスが付属するクラブスポーツにはハーネスを巻きつけるパーツが元々付いているようですが・・・。

←こんなの

TAKATAの追加パーツはアイボルトを使うようにできているようです。巻きつけることもできそうですが、どうしたものかと思案中です。クラブスポーツの純正パーツはポルシェジャパンで手に入るそうですが、アイボルト用の穴を開けるならどこかに加工依頼を出さないといけませんね。
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by minamitsubame | 2006-09-18 01:40 | Porsche

「赤い皇帝」M.シューマッハー

2006年F1第15戦イタリアGP(モンツァ)。ミハエル・シューマッハーは予選2番手(PPのキミ・ライコネンとはわずか0.002秒差!燃料搭載量はフェラーリの方が多かった)から見事優勝を飾った。フェラーリ社社長ルカ・ディ・モンテゼモーロの喜びようは尋常ではなく、レース後の記者会見で大方の予想通り、ミハエル・シューマッハーは今季限りでの引退を表明した。F1参戦16年目、フル参戦から15年目。受け継ぐべきバトンを持ったアイルトン・セナは継承者を決めぬまま1994年にこの世を去り、バトンの継承者を争ったミカ・ハッキネンも2001年に引退。その後、フェラーリに黄金時代をもたらし、名実共にF1を引っ張ってきた。「衰え」を隠せない今日でも彼を上回る速さを持つ者はなく、間違いなく最強のF1ドライバーである。2006年度、昨年奪われたワールドチャンピオンの座をディフェンディングチャンピオン、フェルナンド・アロンソと争っている。彼は身をもってバトンを次世代の二人、フェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンに渡そうとしている。「赤い皇帝」の走りを楽しめるのも、あと3戦・・・。

ミハエル・シューマッハー(Michael Schumacher)
1969年1月3日ドイツ生まれ、スイス在住


<レース戦歴>
1987年ドイツ・カート・チャンピオン、ヨーロッパ・カート・チャンピオン
1989年ドイツF3・3位
1990年ドイツF3・チャンピオン、F3マカオGP優勝
1991年~F1GP

<F1戦歴>
1991年第11戦ベルギーGPのみ、ジョーダン・フォードHB V8(ジョーダン191)
1991年第12戦イタリアGP~、ベネトン・フォードHB V8(ベネトンB191)、シリーズ12位
1992年ベネトン・フォードHB V8(ベネトンB192)、シリーズ3位
1993年ベネトン・フォードHB V8(ベネトンB193)、シリーズ4位
1994年ベネトン・フォードZetek-R V8(ベネトンB194)、ワールドチャンピオン with JJ・レートら
1995年ベネトン・ルノーV10(ベネトンB195)、ワールドチャンピオン with ジョニー・ハーバートら
1996年フェラーリ F310、シリーズ3位
1997年フェラーリ F310B、全戦績を剥奪
1998年フェラーリ F300、シリーズ2位
1999年フェラーリ F399、シリーズ5位
2000年フェラーリ F1-2000、ワールドチャンピオン with ルーベンス・バリチェロ
2001年フェラーリ F2001、ワールドチャンピオン with ルーベンス・バリチェロ
2002年フェラーリ F2002、ワールドチャンピオン with ルーベンス・バリチェロ
2003年フェラーリ F2003、ワールドチャンピオン with ルーベンス・バリチェロ
2004年フェラーリ F2004、ワールドチャンピオン with ルーベンス・バリチェロ
2005年フェラーリ F2005、シリーズ3位
2006年フェラーリ 248F1、ワールドチャンピオン? with フェリペ・マッサ

◆ミハエル・シューマッハーのデビューは1991年第11戦ベルギーGP(予選7位、決勝リタイヤ)であるが、メルセデスが準備した資金を持って、かつ、ベルトラン・ガショーの代役としてであった。ちなみに、デビュー戦の勝者はマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナ(スパ・フランコルシャンでは通算5勝)。僕はデビュー戦をテレビ観戦していた。聞いたことのないドライバーがいきなりジョーダンに現れて、おまけに予選7位→決勝スタート直後にリタイヤ、というハチャメチャぶりが印象に残っている。

◆ミハエル・シューマッハーはデビュー戦直後の第12戦イタリアGPよりベネトン・フォードに移籍しているが、これは法廷闘争にもつれ込む波乱の展開であった。また、いきなり5位入賞を果たし、絶頂期を過ぎていたネルソン・ピケを引退に追い込んだ。

◆ミハエル・シューマッハーは1992年の第12戦ベルギーGPでF1初優勝を果たす。ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)に限れば、2002年にはセナの記録を破る通算6勝目の新記録をマークしている。

◆ミハエル・シューマッハーは1994年に初めてワールドチャンピオンとなった。アラン・プロストやナイジェル・マンセルがF1を去りF1の世代交代が進む中で、ミカ・ハッキネンやデーモン・ヒルらと共に新たな時代の礎を築いていくことになる。1994年はアイルトン・セナが事故死した年である。セナは1994年5月1日午後2時17分、F1第3戦サンマリノGP(イモラ・サーキット)タンブレロ・コーナーでコンクリートウォールに激突し、この世を去ってしまう。ミハエル・シューマッハーのわずか1~2秒先での出来事だった。ちなみに、このサンマリノGPの勝者はミハエル・シューマッハーであるが、表彰台の頂点に立った彼の顔には笑顔はなかった。ミハエル・シューマッハーは1994年度、一度もアイルトン・セナの前を走ることなくワールドチャンピオンとなったのである。

◆フェラーリはミハエル・シューマッハーのドライブによって21年ぶりにドライバーズタイトルを獲ることになった。

◆ミハエル・シューマッハーは目標とし、かつ追い落とすべく大先輩を1994年に事故で失った。F1を引っ張る者として正式にバトンを受け取ったのではなく、「音速の貴公子」セナがタンブレロに遺したバトンを拾い上げ、見事にF1を引っ張ってみせたのである。しかも誰もが目標とする大記録を打ち立てた「赤い皇帝」として。今、F1のバトンはミハエルからフェルナンド・アロンソ、キミ・ライコネンら次世代のエース達に手渡されようとしている。

◆OMEGAに「ミハエル・シューマッハー」モデルが存在することは良く知られていると思うが、ミハエル・シューマッハーは1996年からオメガ・アンバサダーを務め、7つのワールドチャンピオン・タイトルを獲得している。
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by minamitsubame | 2006-09-13 00:39 | Others