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964RS

まず初めに、このエントリーは水冷911に2年間以上乗っている人間が書いていることを心に留めてください。
そして、その人間は空冷911を自分のモノとして長く乗ったことがないのです。
加えて、その人間は空冷911を否定するつもりでこのエントリーを書いたのではありません。
ベストな911は、オーナーごとに違うはずなのです。自分が好きな911がベストな911なのですから。
空冷でも水冷でも、自分が一番気に入っている911に乗れば良いのだと思います。
最後に、このエントリーは水冷911が大好きな人間が書いたものであることを再度心に留めておいてください。

2008年5月、a-oneの在庫車、964RSを試乗させて頂きました。
ガーズレッドの964RS。仲間のどのクルマとも違う外装色のこのクルマを本気で買うつもりでした。
一気に燃え上がる火炎のように高揚した気持ちを、抑えることが出来ませんでした。
GT3を手放して964RSに乗り換える、完全に現車確認の為の試乗、そういうつもりだったのです。

不思議なほどに後ろ髪を引かれる思いだったこともまた事実で、
964RSにこれほどまでに惹かれつつも、なぜここまで996GT3前期型に未練があるのか、
単に初めてのポルシェだからなのか、それ以外の理由があるのか、
最低限それだけは確かめようと、996GT3前期型の動きに神経を尖らせてa-oneに向かいました。

996GT3前期型というクルマは、本当に「丁度良いクルマ」だと改めて実感しました。
空冷時代と比べて大型になったボディサイズは実は立体駐車場にとめることができます。
(最低地上高はかなり低いので、大きな突起物がある立体駐車場は無理です)
コクピットも狭すぎず広すぎず、肘をドアに置きながらハンドル操作できる程良い空間になっています。

しかも、エアコンがしっかり効き、音楽が聴ける空間は意外なほどに快適。
ロールゲージと、走り出すと車内に入り込むクラッチやミッションの「ノイズ」が、
ようやく996GT3前期型がスポーツモデルであることを思い出させます。

どんなに渋滞していても気難しさを覗かせることはなく、
6000回転を超えると頬が緩むほど勇ましい音を奏でるエンジンは、
低回転域しか使わない街乗りでもスムーズな動きを演出し、
360psという出力はサーキットでも十分以上の速さを演出します。

轍のある路面ではどこに行くか分からない危うさをみせることがありますが、
平坦な路面ではとてつもなく安定したしなやかな走りを実現する足回りは、
一般道ではドライバーのミスに寛大で、サーキットではドライバーのミスに手厳しさを見せます。

誰にでも運転できる快適性と安定感を持ちながら(R35GTRみたいですが・・・)、
限界域では簡単に手懐けることのできないタフなクルマ。
911GT1と同じ目を持つ、水冷911初のレーシングモデル。
それが「996GT3前期型」でした。

あまりに身近であるがゆえに、「良さ」を忘れてしまっていたんでしょう。
「会場」に向かう数十分で、その「良さ」を再認識することができました。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

a-oneで対面した964RSは、長年イメージしてきた911そのものでした。
「カエル」と呼ぶのがピッタリな、メリハリのある特徴的な外見。
しかし、ガーズレッドを纏ったその姿には、思っていたほど強いオーラを感じることはありませんでした。
この時点で「乗り換え」に対してすでにnegativeな気持ちになっていたことは否定しません。

「経験しておいて損はないでしょう。言葉からではなく、実際に肌で感じてください」

便宜を図って下さったS氏の言葉に背中を押されて、小雨のパラつく街中を964RSで走り始めました。
「ガキン」という無機質な音を立てて閉まるドア。これを「味」と呼ぶのには996登場以前に911に乗った経験が必要です。
同様に、特徴的な5連メーターにも特別な感慨はなく、横に長く配置されているせいか、視認性の悪さが気になりました。
996以降の5連メーターは、タコメーターを回すことは出来ませんがステアリング内に全てが配置され、見やすいです。

「ポルシェを着る」という言葉の成立に絶対必要な小振りなボディサイズ。
ダッシュボードそのものをモノコックの一部として設計しボディ剛性を高めているのは有名な話ですが、
モデルチェンジを重ねてもモノコックを新設計しなかったことが小振りなボディサイズの継承に繋がっただけなのでしょう。
「3世代に渡る」という時間は、それが一部の空冷信者達に「必要不可欠」と語らせるのに十分だったと推測されます。
しかし、996に慣れてしまうと、脇を閉めてステアリングを握ることを強要され圧迫感がある、と感じてしまうのです。
996の大柄なボディでも動きは決してダルではなく、むしろシャープで洗練されていると感じるために、
同じ感覚を得られるなら無理に小さい方を選ぶ必要はない、とすら考えてしまいます。

走り始めると、エアコンもオーディオもない室内に、ミッションとエンジンの無骨なノイズが充満します。
十分な軽量化が施された964RSの方が、996GT3前期型よりもよりノイジーな印象です。
スポーツモデルである以上、964RSくらいノイジーな方がスポーツ感があって良いと思いました。

「レスポンスに優れシャープに吹け上がる」と聞いていたRS系の空冷エンジンですが、
996GT3前期型に搭載される水冷エンジンと比べて、レスポンスや吹け上がり方に違いは感じられませんでした。
むしろ、「ストレスを全く感じず」という意味で、水冷エンジンの方に分があるようにすら感じました。
独特と言われる「空冷の音」も、同じフラット6なためかほぼ同じように感じ、特別な感慨を受けることはありませんでした。
絶対的なパワーの違いか、全開加速時の押し出され感も、軽い964RSより996GT3前期型の方が数枚上に感じます。

ステアリングレスポンスはクイックでしたが、安定感に欠けて神経質な印象を受けました。
街乗りでもラフな運転を受け付けない厳格さには「気難しい老人」という雰囲気さえ漂います。


わずか数十分の試乗でしたが、その経験は言葉よりも雄弁に答えを示してくれました。
ガーズレッドの964RSには996GT3前期型を手放すに足るアドバンテージが全くありませんでした。
ただ一点、すでに評価の確定した「過去の名車」であること、を除いて。
同じ911として共通する感覚は確かにあるとは思うのですが、
掲げられたプライスタグに足る価値があるとは自分にはとても思えませんでした。
996GT3前期型を手放してまで964RSを手に入れるべき正当な理由が一つも見つからなかったのです。

こうして、激しく燃え上がった炎はあまりにもあっけなく鎮火されたのでした。
964RSと並んで佇む996GT3前期型がとても輝いて見えました。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

空冷のRS系は「乗りこなす歓びを感じるクルマ」と聞きますが、それは996GT3前期型も全く同じです。
旧型のクルマの場合、世代が古い分、洗練度が落ち、当然のようにジャジャ馬度は上がります。
古いクルマの性能を否定するつもりは毛頭ありません。その時代の最高水準であったことには疑いの余地がないからです。
しかし、よりジャジャ馬度の高い古いクルマを選ぶ理由に「水冷は乗りこなす歓びが少ないから」というのは・・・。
新しいクルマの動きが旧型より洗練され動きが安定しているのは当然のことです。
しかし、電子デバイスの採用により本来のクルマの動きがスポイルされているわけではないのです。
ただ、限界が低いクルマか、高いクルマか、それだけが違うのであり、乗りこなす歓びは共通のはずです。
「基本性能が劣っているクルマ=ジャジャ馬度が高く乗りこなす歓びが高い」という図式は明らかに間違っていると思うのです。

世間では996GT3前期型の評価はとても低いです。
しかしそれは、一部の狂信的な空冷ファンと雑誌によって作られたイメージだと思うのです。
「手の内に入るクルマ」とか「操る喜びを得られるクルマ」というフレーズは、
乗り難く危うい動きを見せるクルマを正当化する為に存在しているとしか思えません。
もちろん、「水冷」乗りとして、「空冷」を否定するつもりは毛頭ありません。
しかし、少なくとも996GT3前期型がクルマとして素の964RSに劣ることはないと確信します。
by minamitsubame | 2008-06-29 12:01