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風船と二人の少年

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漆黒のメルセデスから、重たそうにドアを開けて、二人の少年が降りてきた。その手には黄色の紐が握られ、その先にはそれぞれピンクとブルーの風船が付いている。空気より軽い気体が詰められている風船達は、黄色い紐がなければ空高く飛んで行ってしまいそうだった。少年達はいつもなら重たいドアを体全体で閉めようとするのに、そんなことにはずっと前から関心がなかったかのように、ドアを開けっ放しにしたままメルセデスから離れていく。空へ向かって自由になろうとする風船に夢中なのだ。

パン!不意に空気が弾ける音がして、ブルーの風船が姿を消した。どうやら少年が気を緩めた瞬間に笹の葉に触れてしまったようだ。少年の手には、主人を失った黄色い紐だけが取り残されている。風船を失った少年は困惑していた。「僕の風船、どこにいっちゃったの?」、何が起こったのか理解できない少年は、大粒の涙を目に浮かべながら、右手に寂しく取り残された黄色い紐に問いかける。「やっと一緒に遊べると思ったのに」、肩を落とし意気消沈してしまった少年に、ピンクの風船を持った少年が言葉をかける。「あとで僕の風船を貸してあげるから、そんなにがっかりしないで」

その日、空は抜けるような青さに染まっていたが、やや強めの風が木々を揺らしていた。ピンクの風船を持った少年は、風と黄色い紐に弄ばれる風船の動きに夢中になってしまった。風船を失って、とぼとぼ歩く少年のことなどまるで気にもかけず、黄色い紐を振り回して喜んでいる。右手の先で浮いたり沈んだりするピンクの風船に気を取られ、少年には誰の声も届かなかった。「僕も遊びたかったな」、ブルーの風船を失った少年のことなど意識の片隅にも残されていなかっただろう。しかし、ピンクの風船も少年の手から失われる時が来てしまった。

家までもう少しというところで、二人の少年の明暗を見かねた風が、ピンクの風船を黄色い紐ごと拾い上げる。「あ〜っ!僕の風船!」、風に拾い上げられた黄色い紐は、少年の手の中からするりと抜け、ピンクの風船と共に空高く舞い上がる。少年は反射的に手を伸ばし、精一杯高く飛び上がってみたが、風は彼の手より先にピンクの風船を青い空に舞い上げてしまった。「あ〜っ!あ〜っ!帰ってきて!」、少年には空高く舞い上がるピンクの風船を、ただ見上げているしかなかった。少年の手を逃れ、自由になった風船は更に空高く飛び去って行く。皮肉なことに、青い空に舞い上がるピンクの風船は色鮮やかに見えた。「なんで!なんで〜!」、少年は泣きわめきながら、それでもただ、森の上を越えて飛んで行く風船を、その姿が見えなくなるまで目で追いかけるしかなかった。それは、一瞬にして風船を失った少年よりも、遥かに辛い体験だったに違いない。

マカロニ市場で少年達が手にした二つの風船は、少年達に貴重な経験を残してその姿を消した。
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by minamitsubame | 2009-04-22 00:12 | Fiction